蝦夷地別件(新潮文庫)  

蝦夷地別件 ( えぞちべっけん )   船戸与一 / 1995年 / 新潮社

● 船戸与一  ( ふなど・よいち )

1944年、山口県生まれ。早稲田大学法学部卒業。
イヌイットの村での生活など、冒険旅行を重ねる学生時代を送り、大学在籍のまま小学館に入社したが1年余りで退職。その後、再び海外に出向き、帰国後は出版社勤務、フリーライターを経て小説に転じる。

'85年『山猫の夏』で吉川英治文学新人賞、'89年『伝説なき地』で日本推理作家協会賞、'92年『砂のクロニクル』で山本周五郎賞、2000年『虹の谷の五月』で第123回直木賞受賞(ぼくには、遅すぎる受賞と思われた)。
その他主な著書に『群狼の島』『カルナヴァル戦記』『猛き箱舟』『炎 流れる彼方』『蝦夷地別件』『流沙の塔』などがある。

奥野建男著 『この一冊で日本の作家がわかる!』(三笠書房)を参考にした。
また、新潮社ホームページ http://www.shinchosha.co.jp/ でも船戸与一の書籍に関する
情報が得られる。ファンによる私設サイトもあるようだ。

● 船戸与一の魅力

船戸与一は、現代世界の紛争地帯を舞台にした魅力的な小説を数多く発表し続けている、同時代の注目すべき作家である。
中東、中南米、メキシコ、チベット、東南アジアなど、世界には紛争の火種の絶えない地域が数多くある。
この作家は、それら危険地帯と言ってもいい場所へ自ら足を運び、丹念な調査を踏まえて次々と力作を発表している。

ぼくが最初に触れた船戸作品が何だったかもう憶えていないが、はじめは文庫本で、その後は次々と出る新作を目にするたびに単行本を手に入れては読み続けてきた。
彼の小説は舞台のスケールが大きく、ボリュームもあって(長編が多い)、読み始めると止まらない。

小説以外にも『国家と犯罪』(小学館文庫)、『叛アメリカ史』(ちくま文庫/豊浦志朗の名義)などのすぐれたルポルタージュがあり、教えられることが多い。

● ユニークな作品 『蝦夷地別件』

『蝦夷地別件』という小説は、船戸作品の中では珍しく、わが国の歴史的な事件を扱っている。
題名からわかるように蝦夷地=i現在の北海道)で実際にあったアイヌ民族の叛乱(和人の支配に対する抵抗)を軸に展開する長大な物語である。

「歴史小説」という文芸ジャンルがあるが、この小説はそんな枠組みを超えた「超・弩級歴史冒険大作」(新潮社ホームページでの紹介文)と呼ぶにふさわしい。
1995年に新潮社から分厚いハードカバー上下ニ分冊で出版され、その後新潮文庫に収録された(三分冊、総頁数1700ページに及ぶ)。
ぼくは、ハードカバーの単行本で読み、その後文庫本で二度読んでいるが、何度読んでも面白い。

● クナシリ・メナシの蜂起

物語の軸となっているのが、江戸時代寛政年間(寛政元年/1789年)にクナシリ(国後島)、メナシ(蝦夷地東部、現在の根室支庁管内目梨地方)で起きたアイヌの人々の蜂起である。

江戸時代蝦夷地≠ニ呼ばれた北の島を支配しようとしていた松前藩に対抗して、先住民族であるアイヌの人々が立ち上がった蜂起として「シャクシャインの戦い」(寛文9年/1669年)が有名である(それよりはるか前の長禄元年/1457年にも「コシャマインの戦い」がある)。
その戦いから120年後、松前藩とその御用商人(場所請負人)による過酷な搾取に、いよいよ困窮を極めたアイヌ民族の最後の蜂起が、この「クナシリ・メナシの戦い」であった。

だが、この蜂起はシャクシャインの時と違って組織だったものでなかったせいもあり、松前藩正規軍の鉄砲という圧倒的に強力な武器の前に、わずかな期間で鎮圧されてしまった。
鎮圧後、蜂起の主導者たちはノッカマップ(根室半島)の浜辺で次々と処刑され、その時いっしょに捕まっていたアイヌの人々が仮牢の中でペウタンケ≠ニ呼ばれる叫び声をあげて騒ぎだしたため、全員が鉄砲や槍によって惨殺されたのである。

● 読みどころ

1789年といえば、ヨーロッパではフランス革命が起きた年である。
日本列島の周辺では帝政ロシアが蝦夷地近海でさかんに通商を求めていたが、江戸幕府はこれに手を焼いていた(この時期、蝦夷地支配をめぐる松前藩と江戸幕府の関係は複雑)。
物語は、この激動の時代背景を丹念に描いて、舞台は蝦夷地(クナシリ、メナシ、松前)にとどまらず、ロシアのシベリアやペテルブルグ、そして江戸へと、広範にわたる。

登場人物もまた多彩で、ポーランドの亡命貴族、江戸から布教のため蝦夷地に派遣された僧侶、松前藩士、幕府から密かに使わされた武士、主役であるアイヌの人々など、登場人物一覧に載っているだけでも優に40人を超える。
なかでも、臨済宗の僧侶・洗元、アイヌの少年・ハルナフリ、幕府の御家人・葛西政明などが物語の展開の軸となり、これに、松前藩番頭の新井田(にいだ)孫三郎、救国ポーランド貴族団のマホウスキ、天台宗の僧侶・清澄、アイヌの魅力的な女性・ハスマイラと少女・キララ、といった人物たちが絡みあう。
それぞれの人物が周囲のしがらみに苦しみ、歴史の大きな波に翻弄されながら、クライマックス(蜂起とその鎮圧)になだれ込むさまは、この物語の圧巻である。

最終章、生き残ったハルナフリの復讐譚は、あまりにも悲しい。
読み物としての面白さもさることながら、読後も考えさせられることの多い小説である。
作者の、アイヌの歴史・生活に関する綿密な調査と、アイヌの生き方への深い理解には頭がさがる。

( 2004/12/23, 2005/1/30, 2/9, 4/9 )